由利工業前史

昭和30年9月6日、秀峰・鳥海山を仰ぐ西目村に由利工業が誕生しました。
今日の発展の礎を築いたのは、先見の明をもって時代を拓いてきた 創業者・須田浩でした。
その創業の精神は、由利工業の歴史の中に深く根づいています。

由利工業の創業者である須田浩は、明治44年1月4日、秋田県由利郡小出村(後のにかほ市)寺田に生まれました。
造り酒屋の次男に生まれた須田は、幼い頃から気性のはっきりした利発な子供で、近所の子どもたちと遊ぶときはいつもガキ大将でした。須田は、酒田市立酒田商業学校(現・山形県立酒田商業高等学校)に進学し、卒業後、秋田銀行に入行します。

その後、銀行を退職して、郵便局長を務めた時代もありましたが、新たな活路を拓くチャンスとして誘われたのが、東京電気化学工業株式会社(現在のTDK株式会社、以下TDKと表記)への入社でした。

入社以降、須田は蒲田工場で庶務課長などを務め、TDKの山崎貞一社長(当時は工場長)の片腕として一緒にTDKの基盤づくりに苦労し、私生活でも家族ぐるみで行き来するなど、その交情は大変深いものがありました。

昭和29年頃から、電子業界はにわかに脚光を浴び始めます。それにともない、TDKが西目村(現在の由利本荘市西目町)に生産拠点となる新工場を設置することを決定し、地域の発展をも鑑み、独立した一企業として発足させる方針を示したのです。琴浦工場長に就任していた須田は、その企業の経営の一切を任され、由利工業が誕生しました。

創立期

昭和30年、TDKの協力企業として西目村に創立。
小さな工場に大きな夢を持ち、長い由利工業の歴史をスタートさせます。

創業時、工場の建坪40坪、従業員は18名の小さな会社でしたが、須田の胸には並々ならぬ決意と情熱がありました。創業時の経営はまさに孤軍奮闘、経営はなかなか軌道に乗らず苦難の道を歩みました。売り上げが伸びない中でも従業員の給料を優先しなければならない須田は、自ら耐乏生活を強いられました。

それでも創業時40坪だった工場も、翌年は100坪に増築し、従業員も少しずつ増員していきました。ところが、経営も軌道に乗ってきた昭和36年、西目村に由利工業を興してわずか6年、須田は突然不帰の人となりました。享年50歳の早過ぎる死でした。

須田浩社長の急逝により、妻・テルが新社長となり、TDKの支援のもと、由利工業は再出発を期すことになりました。テル社長を軸に、新たに動き出した由利工業でしたが、当時は生産内容の変化や生産規格の改訂などもあって、経営は苦境が続きます。そんな中、昭和39年には、アジアで初めて開催される東京オリンピックで日本中が沸き上がり、由利工業は創立10周年を迎え、ささやかながら記念式典が開かれました。
その後、TQC活動を開始するなど全社を挙げて品質管理に取り組んだ結果、昭和44年には創立15周年を迎え、それまでトリオ(現ケンウッド)に勤めていた、息子 須田精一が由利工業の工場長に就任。以後、テル社長の片腕となって、経営に参画することになります。

発展期

須田精一が社長に就任し、新体制での船出。
積層セラミックチップコンデンサで飛躍的な成長を遂げる。

昭和52年5月、須田テル社長は代表取締役会長に選任され、新社長には工場長の須田精一が就任しました。当時、須田精一は36歳。関連企業などでの修行を経て由利工業に入社し、TDKの素野福次郎社長に資本金増強にともなう設備投資への出資申込や工場のペーパーレスシステム化、徹底した能力給の採用や提案制度、海外研修を実施するなど、その経営手腕は誰もが認めるところであり、満を持しての就任でした。

由利工業は新たに「創造によって地域社会に貢献する」という社是を掲げ、新体制で出発しました。

新体制の下、成長を続ける由利工業は、昭和59年、創立30周年を迎え、大きく躍進する節目の年となりました。同年春には、雪解けとともに新しい工場の建設が始まり、最新の設備が整った近代的な社屋が完成しました。

バブル崩壊後、低迷を余儀なくされている日本経済の中で、マルチメディア時代に向けて部品需要が増大する中、由利工業も増産体制を続け、順調に売り上げを伸ばしていきました。

変革期

新組織を構築して品質保証体制を強化。
世界一の積層セラミックチップコンデンサ量産工場を目指す。

平成9年には、消費税5%導入による需要の変動があったものの、携帯電話、パソコン関連などの好調により、コンデンサの生産は好調を続けました。それにともない、かつては予想だにしなかった量産時代を迎えました。高度な生産技術を駆使してよりよい品質を確保していくために、由利工業では再び「変革」を会社方針に掲げ、大幅な組織替えを断行します。

既に取得していた国際規格ISO9001より更に条件の厳しいQS9000を取得したことも、その一歩でした。継続的に品質改善を推進していくことで、次の目標であるISO14001の認証に向けても新たな展開を進め始めます。

そんな中、由利工業の二代目社長を務めた須田テルが、近親者に見守られて享年77歳で永遠の眠りにつきました。突如急逝した初代社長・須田浩に代わり、30年間ひたすら由利工業の発展に尽くした女性社長の葬儀には、1000人以上の人々が参列し、しめやかに別れを告げました。

その後も時代の流れに合わせて、変革・成長を続けてきた由利工業は、ISO14001を取得するとともに、経営の合理化、新技術の導入を積極的に進め、平成15年にはQS9000より取得が難しいTS16949へ移行。この時期の由利工業は、世界有数規模のコンデンサ量産工場としてその設備、管理体制の強化を行いました。平成24年須田哲生が代表取締役に就任し次代を見据えた体制を確立。平成27年には精密洗浄事業に参入し、さらなる飛躍を目指し挑戦し続けています。

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